菅江真澄

公園・名所旧跡・その他景勝地

羽州街道 碇ヶ関宿

平川市碇ヶ関(いかりがせき)付近の羽州街道を歩いてきました。碇ヶ関中心部の羽州街道はほぼ現在の国道7号線です。弘前駅を9時2分の奥羽線に乗って碇ヶ関駅着が9時22分、帰りの電車は碇ヶ関駅発11時57分です。滞在時間は2時間35分です。今日歩...
菅江真澄

岩木山の大人(おおひと)

大人伝説を紹介します。昔、岩木山のふもとの鬼沢に弥十郎という人が住んでいました。弥十郎は山に薪(たきぎ)を採りに行くのが日課でしたが、毎日仕事をそっちのけにして、一日中、岩木山をながめていました。ある日のこと、いつものように切り株に腰を下ろ...
菅江真澄

菅江真澄が歩いた青森県

菅江真澄について菅江真澄は(すがえ ますみ)は、江戸時代、宝暦4年(1754年)に、現在の愛知県東部である三河国で生まれ、30歳のとき故郷を離れ、信濃、越後、出羽を経て、陸奥、蝦夷地を周遊し一度も故郷に帰ることなく文政12年7月19日(18...
神社仏閣

法呂神社 むつ市道向

むつ市道向に鎮座する法呂神社に参拝しました。田名部から大畑方面に向うと田名部の街がとぎれたところの左手に鎮座しています。一の鳥居です。境内です。少し高台になっていて、左手にむつの市街がみえます。社殿です。江戸時代の紀行家菅江真澄も参拝してい...
菅江真澄

「十曲湖」をたどる

十曲湖について江戸時代の紀行家菅江真澄の「十曲湖(とわのうみ)」に出てくる通過地や滞在地をだどります。文化四年(1807)の旅です。誘ってくれる人があって毛馬内(鹿角市十和田毛馬内)を出立して十和田湖まで歩きます。十和田湖は青森県と秋田県に...
菅江真澄

「雪の道奥雪の出羽路」をたどる

雪の道奥雪の出羽路について江戸時代の紀行家菅江真澄の「雪の道奥雪の出羽路」に出てくる通過地や滞在地をだどります。享和元年(1801)の旅です。この少し前の寛政十一(1799)年の秋頃、真澄は藩庁(弘前)に呼び出され、取り調べの必要があるとし...
菅江真澄

「外浜奇勝(三)」をたどる

外浜奇勝(三)について江戸時代の紀行家菅江真澄の「外浜奇勝(三)」に出てくる通過地や滞在地をだどります。寛政10年(1798)の旅です。小湊に滞在していた菅江真澄のもとに、藩の薬頭からの使者として山崎永貞が訪ねてきます。山崎の誘いに応じて、...
菅江真澄

「津軽のつと」をたどる

津軽のつとについて江戸時代の紀行家菅江真澄の「津軽のつと」に出てくる通過地や滞在地をだどります。寛政10年(1798)の旅です。菅江真澄は平内の童子村に滞在し、小湊に移動しています。正月の風習についての記述が中心です。文中の日付は旧暦です。...
菅江真澄

「津軽のをち」をたどる

津軽のをちについて江戸時代の紀行家菅江真澄の「津軽のをち」に出てくる通過地や滞在地をだどります。寛政9年(1797)の旅です。菅江真澄は深浦に滞在しています。弘前に行きますが、体調が悪くなって寝込んでしまいます。文中の日付は旧暦です。なお、...