かつ

神社仏閣

斗賀神社 霊現堂 南部町

南部町の霊現堂(りょうげんどう・よぎどう)にお参りしてきました。斗賀神社手水舎です。霊現堂は神仏習合の霊場でしたが、明治初期の神仏分離により斗賀神社になったそうです。糠部三十三観音の第16番札所でもあります。社殿の社額には「霊現山」とありま...
菅江真澄

「十曲湖」をたどる

十曲湖について江戸時代の紀行家菅江真澄の「十曲湖(とわのうみ)」に出てくる通過地や滞在地をだどります。文化四年(1807)の旅です。誘ってくれる人があって毛馬内(鹿角市十和田毛馬内)を出立して十和田湖まで歩きます。十和田湖は青森県と秋田県に...
菅江真澄

「雪の道奥雪の出羽路」をたどる

雪の道奥雪の出羽路について江戸時代の紀行家菅江真澄の「雪の道奥雪の出羽路」に出てくる通過地や滞在地をだどります。享和元年(1801)の旅です。この少し前の寛政十一(1799)年の秋頃、真澄は藩庁(弘前)に呼び出され、取り調べの必要があるとし...
神社仏閣

細越神社 青森市細越

青森市細越栄山に鎮座する細越神社に参拝しました。見事なジャンバラしめ縄がかかっています。参道です。拝殿です。細越神社の由来慶長年間、この地域には、大橋村、枝村、中村、細越村、湊新田村、長沢村の六つの集落があった。往時、相次ぐ凶作や災害により...
神社仏閣

松尾神社 青森市松森

こちらの神社には江戸時代の紀行家菅江真澄が詣でています。菅江真澄 すみかの山より「堤川の橋をわたり、茶屋町を右手にみてすすみ、松森の村のすぐ近くのところまでくると、さいかしの年を経た大木がふしているような杜のなかに祠があった。むかし、源九郎...
菅江真澄

「外浜奇勝(三)」をたどる

外浜奇勝(三)について江戸時代の紀行家菅江真澄の「外浜奇勝(三)」に出てくる通過地や滞在地をだどります。寛政10年(1798)の旅です。小湊に滞在していた菅江真澄のもとに、藩の薬頭からの使者として山崎永貞が訪ねてきます。山崎の誘いに応じて、...
菅江真澄

「津軽のつと」をたどる

津軽のつとについて江戸時代の紀行家菅江真澄の「津軽のつと」に出てくる通過地や滞在地をだどります。寛政10年(1798)の旅です。菅江真澄は平内の童子村に滞在し、小湊に移動しています。正月の風習についての記述が中心です。文中の日付は旧暦です。...
菅江真澄

「津軽のをち」をたどる

津軽のをちについて江戸時代の紀行家菅江真澄の「津軽のをち」に出てくる通過地や滞在地をだどります。寛政9年(1797)の旅です。菅江真澄は深浦に滞在しています。弘前に行きますが、体調が悪くなって寝込んでしまいます。文中の日付は旧暦です。なお、...
菅江真澄

「雪のもろ滝」をたどる

雪のもろ滝について江戸時代の紀行家菅江真澄の「雪のもろ滝」に出てくる通過地や滞在地をだどります。寛政8年(1796)の旅です。深浦から岩木山の山麓をまわり、暗門の滝に向かいます。再び深浦に戻って滞在します。文中の日付は旧暦です。なお、日記が...