菅江真澄

菅江真澄

菅江真澄が歩いた青森県

菅江真澄について菅江真澄は(すがえ ますみ)は、江戸時代、宝暦4年(1754年)に、現在の愛知県東部である三河国で生まれ、30歳のとき故郷を離れ、信濃、越後、出羽を経て、陸奥、蝦夷地を周遊し一度も故郷に帰ることなく文政12年7月19日(18...
神社仏閣

法呂神社 むつ市道向

むつ市道向に鎮座する法呂神社に参拝しました。田名部から大畑方面に向うと田名部の街がとぎれたところの左手に鎮座しています。一の鳥居です。境内です。少し高台になっていて、左手にむつの市街がみえます。社殿です。江戸時代の紀行家菅江真澄も参拝してい...
菅江真澄

「十曲湖」をたどる

十曲湖について江戸時代の紀行家菅江真澄の「十曲湖(とわのうみ)」に出てくる通過地や滞在地をだどります。文化四年(1807)の旅です。誘ってくれる人があって毛馬内(鹿角市十和田毛馬内)を出立して十和田湖まで歩きます。十和田湖は青森県と秋田県に...
菅江真澄

「雪の道奥雪の出羽路」をたどる

雪の道奥雪の出羽路について江戸時代の紀行家菅江真澄の「雪の道奥雪の出羽路」に出てくる通過地や滞在地をだどります。享和元年(1801)の旅です。この少し前の寛政十一(1799)年の秋頃、真澄は藩庁(弘前)に呼び出され、取り調べの必要があるとし...
菅江真澄

「外浜奇勝(三)」をたどる

外浜奇勝(三)について江戸時代の紀行家菅江真澄の「外浜奇勝(三)」に出てくる通過地や滞在地をだどります。寛政10年(1798)の旅です。小湊に滞在していた菅江真澄のもとに、藩の薬頭からの使者として山崎永貞が訪ねてきます。山崎の誘いに応じて、...
菅江真澄

「津軽のつと」をたどる

津軽のつとについて江戸時代の紀行家菅江真澄の「津軽のつと」に出てくる通過地や滞在地をだどります。寛政10年(1798)の旅です。菅江真澄は平内の童子村に滞在し、小湊に移動しています。正月の風習についての記述が中心です。文中の日付は旧暦です。...
菅江真澄

「津軽のをち」をたどる

津軽のをちについて江戸時代の紀行家菅江真澄の「津軽のをち」に出てくる通過地や滞在地をだどります。寛政9年(1797)の旅です。菅江真澄は深浦に滞在しています。弘前に行きますが、体調が悪くなって寝込んでしまいます。文中の日付は旧暦です。なお、...
菅江真澄

「雪のもろ滝」をたどる

雪のもろ滝について江戸時代の紀行家菅江真澄の「雪のもろ滝」に出てくる通過地や滞在地をだどります。寛政8年(1796)の旅です。深浦から岩木山の山麓をまわり、暗門の滝に向かいます。再び深浦に戻って滞在します。文中の日付は旧暦です。なお、日記が...
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「外浜奇勝(一)(二)」をたどる

外浜奇勝(一)(二)について江戸時代の紀行家菅江真澄の「外浜奇勝(一)(二)」に出てくる通過地や滞在地をだどります。寛政8年(1796)の旅です。菅江真澄は弘前を出て津軽半島を北上し十三湖を経て小泊村に入ります。さらに、木造を経て鰺ヶ沢に入...