大円寺(だいえんじ)は大鰐町にある高野山真言宗のお寺です。
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仁王門の金剛力士像です。
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このお寺に祀られている大日如来、大日様は津軽地方の未申(ひつじ・さる)年の一代様です。一代様というのは、生まれ年の干支によって決められた守り本尊様のことです。
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江戸時代の紀行家菅江真澄が立ち寄っています。当時は大円寺ではなく高伯寺でした。また、大日如来堂と呼ばれていたようです。
菅江真澄 すみかの山より
「蔵館近くにきて、大日如来に詣でた。この堂のおこりは、後白河院の御代であったか(中略)新岡山高伯寺といって、秘法を行う寺とされたのであるという。しかしながら、年月がたって、このように寺も荒れ、仏像も朽ちてしまったが、(中略)慶安のころ、藩主津軽信義(三代)が再建されたお堂があり、たいそう大きな木の牛をふたつ、御仏のかたわらにふせさせてあった。御堂をおおうほど茂った杉と槻(つき)の古木にまじって、桂が多い。」
東洋文庫版 菅江真澄遊覧記3 寛政八年(一七九六年)五月十七日の日記より引用
真澄が詣でたときはだいぶ寂れていたようです。また、今の様子とは違って、杉などの木々が生い茂る境内だったようです。
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門前にたつ萩桂の木は大鰐町の史跡に指定されています。
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