願掛岩(がんかけいわ=鍵掛岩ともいう)は、佐井村の中心部から約3キロ南に下がったところにあります。
上の写真は南側の駐車帯から撮った写真です。
右の高い方が男願掛、海抜103メートル。左の少し低い方が女願掛、海抜90メートルです。
案内板。
案内板のあるところから右手をみると女願掛の入り口です。
振り返ると矢越岬の一部。
案内板から少し下がると男願掛です。
男願掛の下から。
さらに上の方です。
願掛岩のあたりは、駐車場、キャンプ場があり、公園として整備されています。
江戸時代の紀行家菅江真澄も訪れています。
菅江真澄 奥の浦うらより
「磯谷村を行くと、矢越のこちらに雌矢越岩、雄矢越岩といって、その高さ百尋(ひろ)ばかりの、そびえたっている大岩があった。小さい祠がふたつあるのは、ほんたの神(誉田別命)、やふねとようけひめ(八船豊受姫)を祭るという。二つの鳥居に木の枝をかぎにしてうちかけてあるのは、懸想するひとの願いであるという。それでここを神掛(かんかけ)といい、また鍵懸(かぎかけ)ともかくのであろうか。」
東洋文庫版 菅江真澄遊覧記3 寛政五年(一七九三年)四月四日の日記より引用
菅江真澄の日記から分かること。
1.当時は矢越岩と呼んでいた。当時から雌雄の区別があった。
2.神掛、鍵懸とも呼んでいた。恋の成就を願って祠の鳥居に木の枝を掛ける風習があった。
菅江真澄が詣でた祠は八幡宮として今もあります。
→矢越八幡宮
菅江真澄は、平内町の鍵懸についても書いています。
→土屋鍵懸
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